スヌーズレンのこれまでとこれから

~日本スヌーズレン協会の歩み~

スヌーズレンのこれまでとこれから ~日本スヌーズレン協会の歩み~

The Past and Future of Snoezelen -The History of the Japan Snoezelen Association

 

日本スヌーズレン協会 太田篤志

1.はじめに

著者とスヌーズレンとの出会いは、今から30年以上前のことであった。それは、治療者としての著者に新たな支援のあり方を気づかせ、著者の支援観を大きく変える出来事でもあった。そしてその理念と実践は、現在、話題となっているダイバーシティ&インクルージョンの理念の原型であったことに改めて気づかされている。本稿では、著者そして日本スヌーズレン協会として、どのようにスヌーズレンを捉え歩んできたのかについて、そして今後の展望について述べる。


2.スヌーズレンとの出会い、日本スヌーズレン協会の設立

 スヌーズレンを日本で先駆的に実践を始めたのは、島田療育センターであった。また、コス・インターナショナルの小菅秀泰氏も、オランダのスヌーズレンで出会った利用者の表情そしてその理念に感銘を受け、その後、日本で初めて本格的にスヌーズレン機器の輸入を開始するとともに、学術会議等でのスヌーズレン機器の展示などを通して国内での啓発を積極的に図り、スヌーズレンに関心をもつ人々を結びつけ日本にスヌーズレンを広めていった。

当時は、著者は、重症心身障害児・者施設の作業療法士として勤務し、いわゆる強度行動障害のある入所児・者の支援に携わっていた。エアーズの感覚統合理論を学び、感覚刺激を治療的に用いて、入所児・者の自傷行為や外界への探索行動の促しなどを実践してきた。しかし入所施設のという閉鎖的空間のなかで十分な感覚運動経験の機会を持つことができず発達に偏りを生じた入所者に対して、もっと豊かな経験へと導く環境や活動を提供することへ支援の主眼が移っており、生活を楽しむための感覚情報の提供を模索していた。もちろん自傷行為などへの治療的な介入も行っていたが、豊かな生活の充実こそが、対処療法的でない強度行動障害への有力なアプローチであると考えていた。

そのような時期に、島田療育センターの心理士である鈴木清子氏によるスヌーズレン海外視察報告書(鈴木,1992)と出会い、「主眼は発達ではなく、楽しむこと」という言葉に感銘を受けた。その言葉は、それまでの作業療法士としてなんらかの治療的・療育的介入を行わなければいけないという重圧から著者を開放し、“楽しむ”ことだけでもよいのであると確信を得た思いであった。そしてその根拠を求めてスヌーズレンの学びを始めた。その後、島田療育センターにて、スヌーズレン活動に参加する機会を得ることができた際、鈴木氏より「治療者でなく、同じ人と人としてこの時間を過ごしてみてください」と言われ、とても困惑しながらその時間を過ごしたことを今でも強烈に記憶している。

そのような出会いがきっかけとなり、その後、日本スヌーズレン協会の設立に参画することとなった。設立メンバーは、阿由葉寛、山中裕子、鈴木清子、武田和子、太田篤志、小菅秀泰が中心となり、1999年10月、日本スヌーズレン協会が設立された。設立後の数年間は、スヌーズレンの理念の啓発が中心であった。オランダ・ベルギーより、Bert van der Stappen氏(Het Balabske施設長)、Ad Verheul氏(スヌーズレン共同創始者)、Barry Emons氏(スヌーズレン機器開発者)、Anthony A.J.Millenaar氏(De Hartekamp Groep 総合施設長)らを日本へ招聘し、セミナーを開催した。年1~2回の頻度で開催してきたスヌーズレンセミナーは、2023年度には、34回を迎える。また、2011年よりスヌーズレン実践者育成のためのスヌーズレンパートナー®養成講座を開始し、2017年には、国際スヌーズレン協会ISNA-mse会長であるMaurits Eijgendaal氏にもスヌーズレンパートナー®養成講座にご参加頂き、ISNA-mseと連携し国際認定証を発行することとなった。


3.スヌーズレンのコア

 日本スヌーズレン協会が考えるスヌーズレンのコアは、設立時より変わることなく引き継がれてきている。このことは、どのような思いで私たちの実践にスヌーズレンを取り入れようとしたのかと深く関係している。

鈴木氏が、Ad氏のスヌーズレン実践拠点であったハルテンベルグセンターにて研修の機会を得た際、スヌーズレンを学ぶ必要性について、以下のように述べている。我が国最初の重症心身障害児施設に勤務しながらも、いつ死ぬかわからぬ人たちに関わった時、本人からのフィードバックを重視しながらも職員側が設定した発達課題を実践することに迷いを感じることある。“この人は何がしたいのか、何を必要としているのか、今、この人が楽しめることはなにか”という課題をつきつけられている。この課題は、著者が強度行動障害病棟の勤務で抱えていた思いと全く同じものであった。またAd 氏も講演のなかで、医学的・治療的モデルによる訓練・指導が重視されてきた施設において、もっと入所者個々人に目を向けて、普通の人の日々の生活と同じような経験してもらうこと、なにもすることが提供されていない方々の活動を活発化させ、もっとよりよい世界、よりよい環境を提供しようという思いからスヌーズレンは始まったと述べている。オランダにおいても日本においても、スヌーズレンの起点は、生活そのものを充実させること、障害のある人々にとって本当に意味ある時間を楽しむ権利を擁護することを目指していたのである。この観点を日本スヌーズレン協会は、スヌーズレンのコアとして大切に守り続けている。スヌーズレンは、従来の療法、指導法、教育法などとは一線を画するものとして生み出されたものである(太田,2004)。療法、教育法とは、利用者の機能改善や発達促進など治療教育的効果を期待して行われる実践であるが、スヌーズレンでは、そのような効果の期待しない楽しみや安らぎの体験より始まったと考えられる。それは私たちが何気なくテレビ見て楽しむことや、お酒を楽しむ、好みの音楽を聴く、煙草で一服することと同じ類の、一息入れる時間、楽しみに没頭する自分自身のための余暇的活動なのである。そのような楽しみ方が、その方法は異なるとはいえ、私たちが接する障害のある人に対して本当に保障されているのであろうか、そのような思いでスヌーズレンを実践してきている。

このような観点から、日本スヌーズレン協会は、スヌーズレンの教育的、治療的側面について積極的な支持を表明していない。スヌーズレンはセラピーであるのかという議論は、協会内においてもAd氏を交えながら論じてきたテーマでもあった。2003年、国際スヌーズレン協会が示した定義において、スヌーズレンの教育的、治療的利用の可能性について示唆されていることは承知しているが、著者は、日本の現状を考えると、積極的に支持する時期ではないと考えている。日本において感覚刺激を用いた治療的介入は感覚統合理論によって既に行われており、感覚統合理論を既に学んでいた著者や島田療育センターのスタッフは、スヌーズレンに治療的要素を求める必要性が乏しかったこともあるが、治療的介入に比べ生活そのものを豊かにする余暇活動に関する専門的支援の方がむしろ乏しい状況にあったからである。日本社会では、余暇や楽しむことに対する価値が、教育や生産的活動に比べ低く捉えられる傾向が強く、重い障害のある人々に対する余暇的活動支援が十分とは言い難い状況であった。ゆえにスヌーズレンの理念と実践は、その原点を生かすことが日本の状況において非常に有用であると考えていたためである。

別の理由として日本の教育・発達支援の現状がある。2023年9月、国連障害者権利委員会は日本政府に対して「障害の人権モデル・社会モデルの考えが教員に理解されていないこと。医学モデルを基本とした教育が長く続いており、それが標準的と考える教員が多いこと」を指摘し改善の勧告をした。この指摘は、教育現場のみならず福祉、そして日本の社会全体に言えることでもある。教育・発達支援の現場において社会モデルによる支援は今だ少なく、従来の学習スタイルや多数派の社会的ルールに合わせるための支援や障害の克服を目指す支援がもてはやされている。そのような状況のなかで、その目的を達成するための手段としてスヌーズレンが利用されることを著者は危惧している。松井(2013)は、障害のある子どもにとって遊びのもたらす発達的意義が強調されればされるほど、遊びが障害特性を改善する「手段」となり、障害のある子どもが支援者の計画に従って一方的に遊ばされてしまう可能性を指摘している。すなわちスヌーズレンの教育・治療的な価値を明確に示すことは、多くの現場で対象者中心のスヌーズレンから、支援者にとって意味のある目標を達成するための手段としてのスヌーズレンへ変わり得る可能性がある。楽しみを教科学習などの動機づけとして用いることを否定するものではないが、本来、遊びとは、それ自体が目的であり、なにかのために行うものではない。今後、日本の教育や発達支援が、子どもの多様な発達スタイルを受け入れ、子どもを中心とした主体的で能動的な活動・学びを保障するものへと転換できたとき、スヌーズレンの素晴らしいコンセプトを活用できるのではないかと考えている。


4.関わり合い(relationship)の重要性

 次に、スヌーズレンにおける関わり合いの重要性について述べる。鈴木は、ハルテンベルグセンターのスタッフの姿から多くを学んだことを述べている。通りすがりの見学では、ただのんびりやっているぐらいにしか思えなかったかもしれないが、6週間の研修を通して「ここにはお互いにもっと深く知り合っていきたいという、真剣な姿がある」ことを感じ、さらに「職員同士がお互いに仲間として愛し合っていなければ、障害を持つ人々にいい影響を与えられないので、私たちは愛し合う必要がある」と力説する職員に感銘を受けたことを紹介している。スヌーズレン実践に初めて触れる際、注目されやすいのは、感覚刺激を提供する設備であることが多い。しかし既に感覚刺激の治療的効果について一定の知見があり独自に実践を進めていた鈴木や著者にとって、スヌーズレンのハードウェアではなく、そのソフトウェアの質の高さに感銘をうけたのである。鈴木がハルテンベルグセンターの現場で感じ取ったスタッフの姿、それは「クライエントを好きでいること、クライエントに自分を好きになってもらいたい気持ちを持ち続けること、クライエントが大切にしていることは何か、感じているのは何かを知りたいと思い、その疑問を暖め続けること、その空間の中での自由を守ることを徹底し実践を進めていくこと」であった。このような援助者の在り方は、現在、実施しているスヌーズレンパートナー®養成講座のなかで特に強調して伝えている部分でもある。2018年に開催したスヌーズレンセミナーには、日本ジェントル・ティーチング研究会代表の岩崎正子氏をお招きし、ジェントル・ティーチングを学ぶ機会を得た。ジェントル・ティーチングは、援助を受ける対象者に一方的な変化を求めるのではなく、対象者と援助者の相互作用によってお互いに変化していくという考え方であり、ハルテンベルグセンターのスタッフの姿に近いものであった。Maurits Eijgendaal氏は、来日講演において、スヌーズレンを実践するスタッフに必要なこととして、「愉しさを予感させる存在であること」を挙げ、そのような実践者の存在は、いわゆるスヌーズレン機器よりも大きな影響を対象者へ与えると述べた。旨味成分や栄養価が優れた食品であっても、誰と食べるかによってその味わいは異なる。そのようなことがスヌーズレンパートナー®にとって重要なのである。

しかしながらスヌーズレンにおける関わり合いの重視は、多様な感覚刺激を提供する機器の重要性や感覚刺激が対象者に与える神経生理学的な効果を軽視しているという意味ではない。むしろ著者は感覚統合理論の研究者として感覚刺激が人体に与える神経生理学的影響や発達支支援への効果的活用に関する研究やアセスメントの開発にあたってきた。しかし重要なことは、それらの知見をどのように生かすかである。鈴木は、それらの研究によって得られた情報が対象者の生活の場で生かされ、その人が、より暮らし易くなるなら、科学が人間らしい暖かさにつながっていくと述べている。日本スヌーズレン協会は、これまでの科学的知見の蓄積を人間らしい暖かさにつなげていくための実践スキルの開発を目指しているのである。


5.オープンゴール

 オープンゴールの考え方は、2017年のAd氏来日講演の際、語られたものである。従来の支援(治療・療法・教育)では、提供する側が目標を決め、どのような環境で、何をするかということを決めるということになりがちであり、対象者がいろいろなことを発見する機会を失うリスクを伴うとした。一方、目標を定めずにゼロの境地から実践を進めることで、対象者のもつ様々な可能性が開かれていく。このような実践スタイルがオープンゴールである。まさに対象者が自分で選び自分のペースで楽しむことをパートナーとして寄り添ってきた私たちの実践を示すワードであった。この考え方は、現在、日本スヌーズレン協会において重要なコアコンセプトとなっている。スヌーズレンは、セラピーなのかレジャーなのかという次元の問題ではなく、オープンゴールであるのかクローズゴールであるのかということなのである。オープンゴールの考え方は、私たちにスヌーズレンのあり方のひとつを明確に示したが、一方でこの実践は、高度なスキルをパートナーに求めるものでもある。


6.スヌーズレンの効果とはなにか

スヌーズレンの効果として代表的なものは、周囲の人々の意識が変化していくことで、対象者のWell-beingが向上していくことである。すなわち、障害のある人々のありのままの存在が受け入れられ、充実した満足感のある生活を送ることができることがスヌーズレンの効果の中核であると考えている。スヌーズレンの理念が浸透していくことで、周囲の人々が、障害のある人の主体性や特性を尊重し、ありのままを受容し共感するともに、彼らの好むことや関わり方を見つけ、それを起点として拡大していくことによって、障害のある人々の生活が豊かなものになっていくのである。また周囲の人々が障害のある人々に対して、なにかをさせなければいけないという思いからの解放され、「指導する―指導される」の関係ではない過ごし方にあることに気づくことができ、新たな交流の可能性が広がっていくのである。山中(1997)は、島田療育センターにおいてスヌーズレンの実践が広がることで、「管理する人―管理される人」というそれまでの職員と、施設で暮らす人々(入所者)との関係が、少しずつだが確実に変化してきていることを実感している。しかし一方で、武田(1997)は、スヌーズレン実践において一番難しいのは、職員が「何かを成し遂げなければならない」といった強迫観念から、自分自身を開放することかもしれないとも述べている。


7.実践者養成に関する今後の展望

日本スヌーズレン協会では、2017年よりスヌーズレンパートナー®養成講座を開催してきたが、現在、他団体による養成講座も実施されてきている。それぞれの団体の主張を反映した養成講座が開催されることはスヌーズレンの多様性を保障する上で好ましいことであるが、資格取得を目指す支援者にとって混乱を生じさせることにもつながりかねないと懸念している。著者としては、この機会に関連団体が連携し、資格認定機構もしくは日本スヌーズレン学会などの学術団体を設立し、各団体の強みを生かしながらも一定の共有がある資格制度が整備されていくことを望んでいる。


8.スヌーズレン研究に関する今後の展望

スヌーズレンの実践を探究していくためは、新たな科学バラダイムが必要であり、現在主流となっている科学観からの脱却する必要性を感じている。クーン(1971)は、「科学革命の構造」のなかで、パラダイムとは「一般に認められた科学的業績で、一時期の間、専門家に対して問い方や答え方のモデルを与えるもの」と定義し、パラダイムはいつまでも安泰というわけではなく、現行のパラダイムでは対処できない事象の出現によって、その混乱の中から新しいパラダイムが出現すると述べている。感覚刺激が人間に与える神経生理学的影響についての研究は、現行の客観科学パラダイムにおいてデザインできるものである。著者もスヌーズレンの現場にて利用者、パートナーにセンサーを装着して頂き統計学検討を試みたことがある。しかしながら、研究協力者であったスヌーズレンパートナーからは、そのような状況では、利用者と真の関わり合いが生じるような雰囲気を作り出すことができないと指摘され、その研究は中止となったことがある。実験的な環境では、真の関わり合いが困難であったのである。その後、その研究は、パートナーによって記述された主観的実践記録をデータとする質的研究の手法によって継続された(楯,2012)。

現場で最も必要とされている利用者の心の動きを捉えながら、どのように関わり合いを深めていくのかというスヌーズレンの本質的テーマに関する研究は、現在主流の統計学を用いる客観科学によって十分にとらえることができない。このような問題に対し、鯨岡(2017)は、「客観科学は、人の心をつかむことはできない」ことを指摘し、心の動きを捉えることができる「接面パラダイム」を提唱し、従来の客観科学パラダイムでの限界を新たなパラダイムによって解決できる可能性を示している。今後、日本スヌーズレン協会が追究しているスヌーズレンの効果を明らかにするためには、このような新たなパラダイムによる研究手法を活用していく必要がある。


9.今後のスヌーズレンの広がり

山中は、スヌーズレンの社会的意味について、「スヌーズレンの実践を通して、人々は私たちの存在、命の大切さ、人生の意味、それぞれの性格の違いなど、多くのことに気づきます。こうしたことを深く洞察することで、人と人との関わり方も変わり、ハンディキャップの見方もさらに変わってくるでしょう。それは静かな革命だと私は信じています」と述べている。この静かなる革命は、スヌーズレンの現場のみならず社会のあらゆるところで生じてきている。発達障害は、ニューロダイバシティ(神経多様性)として捉えられるようになり、その特性に社会が合わせていくことが支援であるとする社会モデルの考え方が障害者権利条約の締結などをきっかけとして広がりを見せ始めている。スヌーズレンの取り組みを通しては、私たちは、障害のある人々にとって心地よい世界の一つである感覚世界へ近づいていくという試行錯誤を繰り返してきた。その知見は、多様性が重視される現代において、障害のある人々の多様性に満ちた楽しさを支援してくことにつながってきている。さらに彼らの感覚世界のなかで生じた関わり合いの経験は、多様でありながらも相互に関わり合いことで新しいなにかを生み出していくインクルーシブ社会における人のあり方につながってきたように思われる。スヌーズレンは、ダイバーシティ・インクルーシブ社会の在り方を、50年前から先行し実践してきたのではないかと思えてくる。そして静かなる革命によって、時代がスヌーズレンに追いついてきたのである。

今後のスヌーズレンを予測することは難しい。Ad氏が、日本スヌーズレン協会機関紙創刊号に「私たちはスヌーズレンの意味を限定せず自由に発展していく余地を残しておきたいと思います。そうして皆さん一人一人がスヌーズレンの何に思いを置くのかを決められるようにしたいと思います。」と寄稿したように、今後さらにスヌーズレンの多様化は進むであろうし、オープンゴールなスヌーズレンは、私たちがまだ想像できない共生社会・インクルーシブ社会を創造していく可能性があるからである。

 

引用・参考文献

 太田篤志(2004) 福祉タームの深層理解 スヌーズレン.月間福祉,(8),84-87

 鯨岡峻(2017) 子どもの心の動きを「接面」から感じ取る.感覚統合研究,17,44-56.

 鈴木清子(1992)オランダから広まる知的重度・重複障害を持つ人々の活動―スヌーズレン―.社会福祉法人清水基金第10回海外研修報告書,6-30.

 武田和子(1997) 重い障害を持つ人々と時を過ごす スヌーズレンの実際.月刊福祉,(4),64-65.

 楯佳子(2021) 障害児の心に寄り添った支援を目指してースヌーズレンの実践からー.姫路日ノ本短期大学研究紀要,44.

 松井剛太(2013) 保育本来の遊びが障害のある子どもにもたらす意義 「障害特性論に基づく遊び」の批判的検討から.保育学研究,51,295―306.

 山中裕子(1997) 重い障害を持つ人々と時を過ごす スヌーズレンの理念.月刊福祉,(3),64-65.

 トーマス・クーン(1971) 科学革命の構造.みすず書房.

 Yamaka, Y. Snoezelen in Japan https://isna-mse.org/%20japan/ 参照日:2023年9月30日



本稿は、「スヌーズレン教育福祉研究第7号.2024」に寄稿したものです。発行元であるISNA日本スヌーズレン総合研究所の承諾を得て、本ホームページへ掲載しています。ISNA日本スヌーズレン総合研究所のご厚意に感謝いたします。